紀友則の名歌
さて今回は「十訓抄」から
寛平の歌合(うたあはせ)に、初雁(はつかり)を、友則、
春霞かすみていにし雁がねのいまぞ鳴くなる秋霧の上に
と詠める、左方(ひだりかた)にてありけるに、五文字を詠じたりける時、右方(みぎかた)の人々、ことごとく笑ひけり。さて、次の句に、「かすみていにし」と言ひけるにこそ、音もせずなりにけれ。
【寛平年間(889-898)に行われた歌合わせの際に、「初雁」の課題を、紀友則が
「春霞とともにはるかかすんで去っていった雁が、今まさに鳴いているようだよ、秋霧の上に」
と読んだ折、(友則は)左方であったのだが、初句(の春霞)を朗詠したとき、右方の人々は、みんな笑った。そうして、二句に「かすみていにし」と(友則が)言ったときには、声も出さなくなってしまったことよ。】
ちょっと解説が必要ですかね、「和歌」においては、季節感が非常に重視されます。季節を外した和歌っていうのは失敗作なわけですね。秋の季節を表す「初雁」という題で和歌を詠まなければならないのに、友則は「春霞~」から詠み始めた。それを聞いた人々は「おいおい季節が違うじゃないか」と思って笑ったわけです。ところが二句の「かすみていにし」の句を聞いて「あっ」っと気づいた。「いにし」の「し」は過去の助動詞連体形です。「そうか、『春霞』は過去の話だったのか!そこから『秋』につなげるつもりなのか!!」そう思った人々は早とちりして笑ってしまった自らを恥じて黙ってしまう…という場面です。
なお紀友則は平安時代に活躍した歌人で、「古今和歌集」の選者の一人としても有名ですね。古今集の選者は友則のほかに3人、覚えていますね
→正解はこちらをクリック≪紀貫之・紀友則・凡河内躬恒≫
本文はこの後「人の話を最後まで聞かないで笑うなんてよくないよね、それにもし他人が本当に間違ったとしても、自分が困るわけでもないのに無理にケチつけてどうすんのよ」というふうに使うわけですけど。
今日はこの文章の舞台となった「歌合」について、少し書いてみましょう